俺がなんか思い付いたら書き込むスレ
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#33 [ごま]
怖かった。要はそれでアヌスを洗うのだろうが、人それぞれアヌスの位置も座り方も違うと思ったのだ。この機械はどうやってアヌスの位置を把握してるんだろう、その筒にカメラが付いていて、どこかの監視センターみたいなところで誰かが操作しているのだろうか。嫌だ、そんなアヌスばかりのモニターを見る仕事。
それに、ちょっと下痢気味だったら水の勢いで排泄物を弾いて薄めた排泄物がケツに飛び散りそうな感じもした。
それにあいつは機械だ。アヌスはない。アヌスが如何に敏感でナーバスであるか知らないだろう。まして隣人は金玉なのだ。人間の核といってもいい。俺はそれを機械に委ねるには抵抗があった。
人は機械を信用しすぎている。
:16/11/19 13:52
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:fWSJtkiQ
#34 [ごま]
そして機械はいずれ壊れる。人間も怪我するし、病気もするが、善悪の判断はできる。が、奴らはできない。一度暴れたらもう手がつけられない。
スゲエ勢いでノズルを出してビリヤードのように金玉にスプラッシュするかもしれない。水圧が異常になり間欠泉のように吹き上がり俺の体を天井に打ち上げ脳挫傷を負わせるかもしれない。それならまだいい、ケツから入った水が貫通して口から出てきてマーライオン状態になるかもしれないのだ。
その事故現場はどんな凄惨な現場を見てきた刑事でも目をそらすだろう。
とにかく気を許せないやつだ、シャワートイレ。
:16/11/19 13:52
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:fWSJtkiQ
#35 [ごま]
繰り返すが、機械には感情がない。そんなものに急所をさらけ出すというのは少々油断しすぎではないか、俺は警鐘を鳴らしたい。
人は機械を信用しすぎている。
まあ、感情あるやつにアヌス見せるやつもどうかとは思うが。
P.S.それから10数年、今ではシャワートイレなしではしっくりこない様に飼いならされてしまいました。
:16/11/19 13:52
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#36 [ごま]
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#37 [ごま]
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#38 [ごま]
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#39 [ごま]
男の恐れるもの、それは「おじさん」になること。女も、容姿の衰えなどはあるだろうが、男にとっての「おじさん」とは「その他大勢」に埋もれていくことに他ならない。年をとってもおじさんと言われないような人はその他大勢に含まれないような素敵な光を放ち続けている。未来を見ている。
大方の男は自分はまだまだ若いと思っている。若者とおじさんの明確な年齢的な線引きはないからだ。
そこでだ、オナニーについて考えてみる。世間一般では軽蔑の対象とされがちだが、オナニーほど自己が投影されるものはない。何せ自慰(自分を慰める)なのだから。それもほぼ全員の人間はしてるだろう。女は知らんが、希望ではみんなしていて欲しい。
「何を考えてオナニーするか」、ここに若者とおじさんの境界を見出してみる。
:16/11/20 20:09
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:1xFzwIVw
#40 [ごま]
ここでいうオナニーはいわゆるオカズがない状態と仮定して欲しい。想像でセンズリをする、つまりイマジネーション・オナニー、通称「イマセン」の状態だ。ちなみに紙媒体でオナニーする時はカミセン(Coming century)という。
まず、俺の思春期のオナニーについてだ。みんなも思い出してみてほしい。
クラスの好きな子であったり、好きなアイドル、要は「ヤりてえあの子」を想像していたと思う。つまり「ヤったことない子と想像でヤっていた」のだ。
しかし、大人になるとどうだろう、イマセンの時に限っては「今までヤったあの子」を想像していないだろうか?これは単に性的な経験の量に依存するわけではないと思う。今「まだ見ぬあの子」とのセックスはイマイチ想像できないのである。
想像力の低下か、実体験の強さか、想像より感触の思い出の方が上回ってしまうのである。
:16/11/20 20:09
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#41 [ごま]
たとえば音楽の嗜好だってそうだ。以前は知らない音楽を漁り、飛びついたものだが、いつしか知ったものを掘り下げていく幸せを覚える。「知らない事の恐怖」の呪縛から解放されるのである。若ければ若いほど無知は怖い。子供は背伸びしたがり、なんでも欲しがるが、大人はいらない情報はいらないと学ぶ。
「未知の感覚」と「既知の感覚」どちらに感動するかが若者とおじさんの線引きなのではないか。
夢と希望に溢れた未来を抱きオナニーをする者と、情報と現実を踏まえた思い出を抱きオナニーをする者。思い出オナニーに重きを置く人間はいくら年齢が若かろうと「おじさん」なのである。
:16/11/20 20:09
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#42 [ごま]
この趣旨で行くと「おじさん」はすごく後ろ向きでつまらない人間のように思うがそうではない。「好きだった女」という感情はいずれ薄れていくが、「いい塩梅の女」という感情は薄れていくことがない。いつまでもHDD画質で鮮明に脳内に刻み込まれる。そして、思い出イマセンをする時に頻繁に出てくる人間が「すごく好きだった人」であるとは限らないのがこの話の味噌であり、深いところなのではないか。
いい女とは何か。長年大恋愛をしたからいい女とは限らないし、ひと晩限りの関係だったから大した女じゃないとは限らない。記録より記憶に残る人こそ「いい女」であり、もう一度会いたいと思う人なのではないか。もちろん夜の関係以外も含めてだ。
記録の女はいずれ消えていくが、記憶の女はいつまでもイマセンの中で生き続ける。
オモイマセンされる女、男はいい女であり、いい男である。そして男はオモセンをすることで「おじさん」となるが、「若者」の頃に知り得なかった愛を知るのである。
:16/11/20 20:10
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