有名人の死
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#54 [七氏]
お笑いタレントの桜塚やっくんこと斉藤恭央さんが(37)が中国自動車を車で走行中、
事故に遭い、亡くなったことを5日、山口県警が発表した。
県警によると、やっくんは単独事故を起こし、車を降りたところを後続車にはねられた。
事故が起こったのは5日午後4時50分ごろ、山口県美祢市東厚保町の中国自動車道下り線。
県警によると、やっくんはワンボックスカーで仲間5人と下り線を走行中、
単独で中央分離帯に衝突する事故を起こした。車は追い越し車線に止まったが、
やっくんともう1人が路上に降りたところ、別々の後続車にはねられ死亡した。
1台は普通乗用車、もう1台は普通貨物。どっちがどっちをはねたかは捜査中という。
やっくんは病院に搬送され、死亡が確認された。死因は心臓破裂という。
もう1人は即死状態だったため病院にも搬送されず、県警で医師が死亡を確認した。
死因は外傷性ショックという。
コンサートに出るため熊本県に向かう途中だった。
ほかに男性3人が乗っており、うち2人が胸や肩の痛みを訴え病院へ搬送された。
意識はあり、会話ができる状態という。
現場は美祢インターチェンジ(IC)‐美祢西IC間の右カーブ。
桜塚やっくんは日本テレビ系のバラエティー番組「エンタの神様」で
“スケバン恐子”のキャラクターで人気者に。「がっかりだよ!!」の決めゼリフが話題を集めた。
ソース:デイリースポーツ(10月5日(土)22時59分配信)
headlines.yahoo.co.jp/..画像:事故で死亡した、桜塚やっくんこと斉藤恭央さん
amd.c.yimg.jp/..
:13/10/05 23:47
:N06B
:rDkn.hpI
#55 [七氏]
引いちゃった運転手も被害者だよな高速で突然車から出てこられたらよけようがない
:13/10/06 02:46
:iPhone
:xbynV20o
#56 [七氏]
ぞくっとした
本当に人なんていつ死ぬか分からないよね
:13/10/06 20:57
:iPhone
:ZHb6bR9s
#57 [七氏]
古今亭志ん馬氏(ここんてい・しんば=落語家、本名吉野恵一=よしの・けいいち)7日、胃がんのため死去、55歳。
通夜は13日午後6時、
葬儀・告別式は14日
午後2時、東京都世田谷区北烏山5の12の1、妙善寺で。喪主は妻、恵美(めぐみ)さん。
昭和56年、六代目志ん馬に入門。平成9年、真打ちに昇進、七代目志ん馬を襲名した。
8年にNHK新人演芸大賞受賞。
ソース:MSN産経west
sankei.jp.msn.com/..画像
sankei.jp.msn.com/..
:13/10/08 17:29
:N06B
:Rxr/YqJo
#58 [七氏]
アンパンマン作者のやなせさん死去
「アンパンマン」シリーズで知られる漫画家のやなせたかしさんが13日、心不全で死去。94歳。
2013/10/15 14:57 【共同通信】
www.47news.jp/..
:13/10/15 15:09
:N06B
:upboQkT.
#59 [七氏]
アンパンマン死んじゃった…
:13/10/15 20:34
:A/IS15SH
:/VG2/ZLg
#60 [七氏]
:13/10/16 17:25
:A/SOL22
:☆☆☆
#61 [七氏]
広告やテレビ番組の批評で人気を博したコラムニストで、本紙に「CM天気図」を連載した天野祐吉(あまの・ゆうきち)さんが20日午前10時38分、間質性肺炎のため死去した。
80歳だった。通夜、葬儀は本人の希望で行わない。
広告をジャーナリスティックに論じる雑誌「広告批評」を1979年に創刊、
商品の宣伝でしかないと考えられていた広告を、批評の対象として位置づけた。84年に本紙で
「私のCMウオッチング」を開始。90年に改題した「CM天気図」は、連載1132回に及ぶ名物コラムとなった。
軽妙な語り口で消費社会に鋭く切り込むCM批評は、多くのファンを
魅了した。
東京都生まれ。博報堂などを経て創刊した「広告批評」(2009年に休刊)で編集長や
発行人を務めた。
メディアに対する批評も活発に行い、新聞や雑誌に多数の評論を発表、
テレビやラジオ番組でも活躍した。
05年にNHK放送文化賞を受賞。06〜07年には放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送番組委員会委員長も務めた。
「広告論講義」など多数の著書がある。
02年に松山市立子規記念博物館の館長に就任し、
現在は名誉館長。
www.asahi.com/..a0.twimg.com/..
:13/10/21 06:38
:N06B
:vuPEVOvE
#62 [七氏]
直木賞作家の連城三紀彦さん死去
「恋文」など叙情的で耽美的なミステリーや恋愛小説で知られた直木賞作家の連城三紀彦さん
(れんじょう・みきひこ、本名、加藤甚吾=かとう・じんご)が19日死去したことが、21日分かった。
65歳だった。告別式は近親者で済ませた。がんで闘病中だったという。
名古屋市出身。早大在学中から映画や文学に関心を持ち、シナリオの勉強のためパリに留学。
1978年、「変調二人羽織」が幻影城新人賞に入選し、デビューした。
繊細で優美な心理描写と大胆な仕掛けを用いて古典的な男女の愛を追求。
80年、短編「戻り川心中」で日本推理作家協会賞、83年、「宵待草夜情」で吉川英治文学新人賞。
84年には「恋文」で直木賞を受賞し、映画化もされた。
YOMIURI ONLINE (2013年10月22日02時14分 読売新聞)
www.yomiuri.co.jp/..
:13/10/22 02:36
:N06B
:v2vuS6p6
#63 [七氏]
越路吹雪さんの「愛の讃歌」の訳詞や加山雄三さんの「君といつまでも」など
1300曲以上の歌謡曲を手がけた作詞家で文化功労者、岩谷時子(いわたに・ときこ)さんが25日、
肺炎のため死去した。97歳。
旧京城(現ソウル)生まれ。神戸女学院英文科卒。
宝塚歌劇団の雑誌「歌劇」などに盛んに投稿していたのがきっかけで昭和14年、宝塚歌劇団出版部に入り、後にマネジャーとなる
越路さんと知り合う。
26年、越路さんの付き人として上京。
越路さんが主演したミュージカル「巴里の唄」の中の「愛の讃歌」を初めて訳詞。「サン・トワ・マミー」など越路さんの歌うシャンソンの訳詞を手がけた。
その後、ザ・ピーナッツの「ふりむかないで」「恋のバカンス」「ウナ・セラ・ディ東京」(39年度
レコード大賞作詞賞)などが次々とヒット。「君といつまでも」「お嫁においで」など加山さんの歌だけで約400曲を作詞した。
劇団四季や東宝などの舞台作品にもかかわり、訳詞したミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」などは再演を重ねた。
平成5年勲四等瑞宝章、
21年文化功労者。同年に岩谷時子音楽文化振興財団を設立し、翌22年、
岩谷時子賞を創設。
今年4月に都内で開かれた第4回授賞式に、車いすで出席していた。
headlines.yahoo.co.jp/..sankei.jp.msn.com/..
:13/10/28 13:42
:N06B
:3rmMJ9Wo
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